「外国人の目を通して見た福島!」インタビューVol. 17は、一般社団法人双葉郡地域観光研究協会で浜通りの観光振興に取り組むバネルジー・トリシットさんにお話をうかがいました。

■お名前と、日本に来た最初のきっかけを教えてください。

私は、バネルジー・トリシットといいます。インドのムンバイ郊外で生まれ育ちました。高校3年生の時に日本外務省の交換留学プログラムで10日間滞在したことが、私にとっての初めての日本訪問です。
その際、日本は技術開発が進んでいるのに、伝統文化もしっかり残っていることに感銘を受け、「将来インドが発展したら、こんな国になったらいいな」と思いました。

■東北大学の博士課程を卒業なさったのですね。なぜ東北大学に進学したのですか?

私は、ずっと化学を学びたいと思っていました。高校卒業当時は日本語が話せなかったので、英語で研究できる大学を探したところ、見つけたのが名古屋大学と東北大学でした。しかし、名古屋大学は申し込み締め切りが過ぎていたのです(笑)。
東北大学に入学して仙台で過ごしてみたら、コンパクトながら国内外のどこにでも行ける街の雰囲気が気に入って、「仙台に住んで良かった!」と心から思いました。

■学生時代はどのようなことをしていたのですか?

授業や研究に励みながら、国籍が様々な仲間たちと、英字新聞や図書館のニュースレターを制作していました。私が入学した頃は東日本大震災発生から4年後で、学生のボランティア活動も盛んだった時期でしたが、石巻で見た瓦礫だらけの光景に大きな衝撃を受けました。その時に「自分にも、できることがあるはずだ」と思うようになりました。

■福島との関わりが、どのように始まったのか教えてください。

仙台放送の「東北アンバサダープログラム」に参加して東北6県を巡る中で、福島が一番心に残ったのです。人生で初めて体験した温泉も旅館も福島でしたし、人々がとても優しかった。ある場所でバス停がわからなくてバス会社に電話したら、タクシーを無料で寄こしてくれたことがありました。あれは驚きましたね! でも、とても助かりました。
その後、「学生英語発表コンテスト」で、福島の労働力不足と外国人のスキル活用について発表したところ、最優秀賞を受賞しました。それが新聞に載り、記事を見た今の会社の山根代表から連絡をいただきました。それが双葉との最初の縁でした。

■双葉郡で働くことを決めた理由は何ですか?

留学生として博士課程を終えると研究職に就く人が多くて、進路の選択肢にバリエーションが少ないのですが、私は「研究と社会をつなぎたい」と思ったのです。
化学は、一般の人に伝わりにくいところがありますよね。でも私は、誰にでも、誰とでも化学の話ができるはずだと思っています。福島に関する風評や、コロナ禍の反ワクチン運動などを見ていて、「研究でわかったことを、一般の人々にわかりやすく伝えたい」という気持ちが強くなりました。
同時に、双葉町でのインターンを通して「ここで働きたい」と思うようになり、両親に相談したところ、「あなたが福島で働くのは自然なことだよ」と背中を押してくれました。

■双葉郡で暮らしてみてどうでしょうか、感想を教えてください。

双葉町にはまだ住宅が少ないので、隣の浪江町に住んでいます。浪江町は店が多くて暮らしやすいですし、仕事以外のコミュニティもできました。チャイをつくる会を開いたり、子どもたちと遊んだり、美味しい料理や食材を堪能して、地域の人たちと生活を楽しんでいます。
小さな町なので公私を分けるのが難しいこともありますが、「ここに住むのは楽しい!」と感じながら暮らしています。

■お仕事ではどんな活動をしていますか?

双葉町の町歩きツアーをはじめとして、今は浜通り全体を案内するツアーを企画しています。町歩きや伝承館(東日本大震災・原子力災害伝承館 https://www.fipo.or.jp/lore/)の見学はもちろん、観光客が地元の人と話す時間を大切にしています。
食事に制限がある海外からのお客さんが多いのですが、双葉町産業交流センターにあるファーストフード店は、どんな条件でも素晴らしいお弁当を作ってくださいます。小さな町で資源も限られていますが、その中でできることをするという、素晴らしい対応だと思います。

■ツアーに参加する方々に「一番伝えたいこと」を教えてください。

「福島の課題は、福島だけのものではない」ということですね。
例えば、自分の住んでいるところに来ている電気はどんなふうに供給されているのか、そして自分が享受する便利さの後ろで何が犠牲になっているのか、そのことに自分は気付いているのか……福島は、そういったことを考えることができる場所です。
観光で来る人々が、ツアーによって福島を知るだけでなく、自分自身の故郷や生活を見つめ直すきっかけになればいいなと思っています。

■双葉郡における多文化共生についてはどう考えていますか?

双葉郡には外国人も増えているけれど、コミュニティがまだ十分ではありません。まずは外国人同士のつながりを作り、それから日本人との交流を広げていきたい。私たちの会社が手掛けている観光は、その入口になると思います。
そして、今後は会社として多文化共生にも力を入れていく予定です。教育や国際交流、多言語での様々な取り組みを通じて、少しずつ、日本人と外国人の相互理解が進むといいなと思っています。

■双葉町への移住を考えている人へのメッセージはありますか?

「ここで自分の能力を活かせるか」ではなく、「ここで自分は何ができるんだろう?」と考えてみてほしいのです。全国から双葉町に移住してきた人たちは、山根代表のように様々な仕事を掛け持ちしているし、双葉に来るまでの経緯も、理由も様々です。そのことから、双葉町は挑戦して自分を再発見できる場所だと感じています。
双葉町に興味があれば、まず来てみる。インターンでもいいんです。まずは何かの形で双葉町に関わって、「関係人口」になってみる。合わないこともあるでしょう、その時は残念ですがやめる。それくらい柔軟に考えてもいいと思います。

■私たち日本人が、福島の存在や、福島県民が何をしているかを世界に知らせるにはどうしたらいいでしょうか。

「自分が普通に住んでいること、普通にやっていることを発信する」ということです。
例えば「この町では美味しいものが食べられる」と言っても、海外の人からすれば「それは日本のどんなところでも食べられるよ、なぜわざわざ福島に行かなきゃいけないの?」と言われるでしょう。
だからこそ、そこに普通に住んでいる人の「ストーリー」が訴える力を持つのです。なぜ福島に住んでいるのか、何をしているのか、どんな気持ちで暮らしているのか。そういうところに焦点を当てるといいのではないでしょうか。
「ストーリー」を知って人を好きになると、その人が住んでいる場所に行ってみたくなりませんか。「こうなんだろう」と思い込んでいたことが、少し変わったりしませんか。そんな感じで、少しずつ「福島に行きたい」と思ってもらうように、「福島で普通に住む人のストーリー」を発信してみてはどうでしょうか。

■最後に、これを読んでいる方々へメッセージをお願いします。

本当に、双葉郡のみなさんには感謝しています。食べ物もおいしいし、人々も温かいし、全てに「ありがとう」と言いたい。だから、「ここ(双葉)で、何か役に立ちたい」という気持ちを、ずっと持ち続けていきたいと思います。

朗らかで誠実、自由闊達で思慮深い印象のトリシットさん。研究者だけあって、論理的かつわかりやすいお話に、「研究と社会をつなぐ」ことを目指すトリシットさんの強い思いを感じました。トリシットさんが所属する会社が実施するツアーやイベントは、日本人の方も参加できます。一般社団法人双葉郡地域観光研究協会のInstagram(https://www.instagram.com/fukushima_seaside/?hl=en)等からご確認ください。